2023年の夏休み

USJ

昨年ほど休めないだろうなと思い控えめにするつもりだったけども、USJのスパイダーマンのアトラクションがクローズしてしまうというニュースを聞いて、結局2年連続のUSJ旅行を計画してしまった。夏以外に行きたいと思いつつも、昨年と同じ様に2泊3日で大阪へ。

  • 昨年は京都鉄博と海遊館を付け足してしまったけど、今年は反省して太陽の塔にして、移動時間に余裕を持たせた。
  • 今年はエクスプレスパスは購入せず。それでも十分に楽しめた。
  • ホテルの朝食は無しにした。よくよく考えるとそんなにガッツリ食べる方ではないので、事前にパン購入などにチェンジ。

太陽の塔

最終日に付け足した。タローマンにハマってある子どもたちにも親しみがあるだろうということで。疲れもあって、特に長男は在来線でも乗り物酔いしてしまってどうにかこうにか到着。いざ目の当たりにすると「なんだこれは」の一言。その大きさによる迫力もすごかったし、曲線がなんとも生き物のようなニュアンスもある。エヴァにでてくる使徒ってこんな感じかもしれないとも思った。中に入ると生命の樹に圧倒される。そして、大阪万博の時は大屋根に囲まれていたという。想像してみるとそれもまたすごい光景だったのだろうなと。今でも語り継がれる理由が分かったような気がした。いずにしても実際に見ることができて良かった。

酷暑

夏に行くまいと思っていたけども、子どもたちとまとまった休みを過ごせるのは夏休みしかないので、致し方ない。けれども軽い熱中症になったり、行動を制限されてしまうので、来年は涼しいところにするか、別のことを考えた方が良いかもしれない。

帰省

昨年は諸事情で帰省できなかったので、夏の帰省は2年ぶりの帰省。軽井沢はさすがに涼しかった。お盆の墓参りもできて良かった。姪と甥は社会人になり、時の流れを否応なしに感じる。その内、姪や甥の結婚式とかあるのかなぁと想像してしまう。いよいよ人生の後半戦という感じだ。

映画「君たちはどう生きるか」

ネタバレに遭遇しないうちにさくさくみてきた。

何も事前情報無しにひたすらストーリーを受け取るのは久々の体験で、こういうのもたまには良いなと思ったのと、個人的には刺さる内容でもあった。ただ、これは今までのジブリ作品に触れてきた積み重ねがあった上での話なので、単体の作品として見たときは、宣伝しづらいだろうな、というのも理解できた。

ストーリーも音楽もひたすら自制的・内省的で、「風立ちぬ」ほど苛烈さは無かったものの、「私はこうやってきた」というのを、ぽんっと提示され、それは淋しくもあり、かつ80歳過ぎの死生観も垣間見れたような気がした。

コミカルにしようと思えばできそうな、感動的にしようと思えばできそうな要素はあったものの、あえてなのかなんなのか、さらっときてしまう。もう少しインコの世界観を描く方向性もあっただろうに導入描写がない。クライマックスでは母子の時空を超えた邂逅なのに、母は「おまえは本当にいい子だね」っとさらっと言ってしまう。盛り上がらない。予告編は作ったようだけど、素直にこのトーンを伝えてしまうと興行的に厳しいと判断したのだろう。ゆえに今回の施策に至ったのでは。

音楽はやや不満だった。久石ファンなだけに期待値が高すぎただけかもしれない。久石節は無かったように思う。あえてそうしたのだろう。正直印象に残っているメロディラインがない。そもそもBGMの割合が少なかったようにも思う。

キャストはすぐに分かった人もいれば、分からない人もいた。早くパンフレットが欲しい。

映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」

良い意味で壮大な内輪ウケの映画だったと思う。

キャラの一挙手一投足やアイテムやステージの構造までもがゲームを想起させるものだった。細かな演出は流石イルミネーションといったところ。ストーリーは物語をなんとか推進させるものなのかなとあまり期待していなかったが、ある意味これまでのゲームに付随するショートストーリーの伏線を回収するしているようにも思えた。

マリオオデッセイやUSJのニンテンドーワールドが上手いこと助走になっていて、3DCGのマリオやあの世界観をすんなり受け入れられた。

さて、ここまでくるとマリオを知らない人が見たらどうなるのか、ちょっと想像ができない。ほとんどの人がマリオを知っていて、例え内輪ウケであってもそれが広ければ全然OKだったということだろう。リア五輪の閉会式で披露した時の反響しかり(東京五輪のオープニングにも出て欲しかったが)。

続編が出そうな雰囲気はある。まだまだマリオの構成要素は出しきれていないだろう。楽しみにしたい。

本「水使いの森」

半分ジャケ買いだったのですが、3部作の「幻影の戦」「叡智の覇者」を少しずつ読み進めてようやく読了。いろいろ感想はあるものの満足度は高いものだった。

まず、感じるのはゲーム特にファイナルファンタジーの影響で、予想通り2巻目の解説で明らかになる。ネガティブな意味ではなく、FFを想起しつつも世界観の構築がしっかりしているので、このまま映画化やゲーム化があっても良いんじゃないかと思うくらい。もともとFFもいろんな神話を下敷きにしている面もあるので、結果的に万国感のあるものになっている。描写や言葉遣いからオリエンタルな感じはあるが、想像の余地はあった。

しかしながら、時々描写が非常に細かく書き込まれている部分がある。著者の一人が写真家であるがため、という解説にもあったが、それは関心する部分ではあるけども、少し戸惑う部分でもあった。というのも、いったん「こうかな?」と想像はしてみるものの、あとで補足の描写があると、少し修正が必要なことがあった。おそらく筆者達には確固たるビジュアルがありそうで、そうであるなら、ますます映画化やゲーム化を期待してしまう。そんな話はなさそうだけど。

ストーリーとしては、様々なタイプのバディ(二人組)を大小のストリートを織り交ぜながら、ざっと3軸くらいのストーリーラインを進めていき、後半はアザーサイドから伏線を回収しながら進んで行き、大団円に向かっていく感じ。図表化したら結構きれいにまとまっていそうな気がする。緻密な設計・計算をしていそうな印象もある。

あまり、こういうタイプのストーリーは読んでこなかったので、いろいろ手にとってみようかなとも思う。

RIP坂本龍一

病状を伝えるニュースを耳にする度に覚悟はしていた。そして訃報に触れ、遂にという感じだった。ご冥福をお祈りしたい。

いちファンでもあり、趣味のピアノ弾きとしても、多大なる影響を受けたのは間違いない。「戦場のメリークリスマス」は暗譜している数少ない楽曲のうちの1つだ。中学校・高校時代はほぼ毎日のように演奏していた。

初めて教授の作品に触れたのは、小学生の時で一番近い兄が千のナイフや戦場のメリークリスマスを聞かせてくれた時だったと思う。当時はカセットテープで、どこからかダビングしてもらってきたのだろう。オネアミスの翼のテーマ曲もあったと思う。

どちらかというと、ジブリからの派生でまだ久石譲の影響を強く受けていた頃だったと思う。インストや劇伴への下地があったせいか、すんなり受け入れ夢中になった。

戦場のメリークリスマスやラストエンペラーはビデオでも履修し、スコアを買い、弾き漁ったり、構成が特徴的な楽曲はDTMで打ち込みじっくり味わった。

大学に入ると友人らの指南もあり、YMOから2000年初のテクノの時代流れも感じ取った。

また、同時期に教授はいろんなトライを始め、04や05のアルバムは今でもよく聞いている。彼はトップランナーであり先駆者であり、同じ時代に生きていることは幸福だと思ったし、YMOの時代をリアルタイムに体感できなかったのは残念にも思った。

一方で、ニュースなどで見聞する私生活や活動家の面では相容れないものがあった。価値観というか態度というか行動原理というか、が合わなかった。作品と人格をはっきり分けるようになったのも彼が初めてだったかもしれない。

結果的に遺作となったアルバムは実は聴いていない。なんとなく最期かもしれないという複雑な気持ちからか、ちょっと遠ざけてしまっていた。なんとなく敬遠する気持ちがまだある。もうしばらくしたら、じっくり鑑賞してみたいと思う。