「ゲーム脳の恐怖」の恐怖

「ゲーム脳の恐怖」という著書の評価が、私の周りでは二分化しています。
とりわけ、賞賛する方々は中高年以上の方々で、友人や我々の世代前後の方々は良い評価をあまり聞きません。まぁ、ほとんど酷評です。
実際に読んだことがなかったので、機会があったら読んでみようと思っていました。
でも、周囲の評価を聞くと買う気にもなれずにいたのですが
バイト先の会社に置いてあったので読んでみました。
タイトルからも分かると思いますが
酷評されても仕方のない内容だと思います。
個人的には、この内容が世間を騒がせているのかと思うとちょっと悲しい。


http://www.critiqueofgames.net/book_review/07.html
↑この辺りが一番共感できたので。。。
突っ込みどころは各分野の方々がしていると思いますが
私としては、やはり統計的にみて妥当性がありません。
必要条件と十分条件も区別できていない。
酷い言い方をすれば、仮定の前の妄想の連鎖です。
なにより残念なのことは、著者が中立的な立場ではないということ。
ただひたすらに「ゲームは悪だ」という立場から、
しかも悪意をもった文章表現で攻撃したのです。
そして、その行為に多くの人が賛同し、また一方で多くの人が拒絶反応を示したのだと思います。
これこそ過激です。
ヒステリックな衝動には、同じようにヒステリックな反応が返ってきます。
話し合いにおいて、どちらかが感情的になってしまってはもはや論点を定めて
話し合うことは困難です。
子供の健康を危惧するのは分かります。
もし自分に子供がいたら、ゲームやパソコンの使用頻度は制限するでしょうし
社会的にも何らかの対応が求められてくると思いますが。
一部の社会問題の因子を「ゲーム脳」という言葉に落とし込むといいますか
責任をなすりつけるようなことは、あまりにも短絡的です。
賛同と酷評の対立はしばらく続くでしょう。
よくよく考えればこの対立に必然性なんてなかった。
むしろこの本の著者によって嗾けられたような気分でしょう。
どちらの人たちもゲームの子供の健康や脳への影響について、
危惧し関心を持っているのですから。